鷹の羽(たかのは)紋

並び鷹の羽並び鷹の羽 抱き鷹の羽抱き鷹の羽 中輪に足付き違い鷹の羽中輪に足付き違い鷹の羽 浮線鷹の羽浮線鷹の羽
糸輪に斑入り違い鷹の羽糸輪に斑入り違い鷹の羽 浅野鷹の羽浅野鷹の羽 三つ並び鷹の羽三つ並び鷹の羽 丸に六つ鷹の羽車丸に六つ鷹の羽車
高木鷹の羽高木鷹の羽 丸に並び鷹の羽丸に並び鷹の羽 丸に抱き鷹の羽丸に抱き鷹の羽 丸に八つ鷹の羽車丸に八つ鷹の羽車
丸に三つ鷹の羽車丸に三つ鷹の羽車 丸に三つ並び鷹の羽丸に三つ並び鷹の羽 丸に一つ鷹の羽丸に一つ鷹の羽 丸に右重ね違い鷹の羽丸に右重ね違い鷹の羽
丸に違い鷹の羽丸に違い鷹の羽 陰陽細違い鷹の羽陰陽細違い鷹の羽 右重ね違い鷹の羽右重ね違い鷹の羽 一つ鷹の羽一つ鷹の羽
違い鷹の羽違い鷹の羽 阿部鷹の羽阿部鷹の羽    

 

鷹の羽紋の由来

鷹は、その空を飛ぶ時の美しさと獲物を追う時の勇ましさから、古来より人をひきつけていました。
特に鷹狩りは上流階級では人気があり、人との関わりが強い動物の一種でもありました。
そのため鷹が持つイメージそのままに「強さの象徴」「権威の象徴」として、武家だけにとどまらず上流階級の公家にも鷹紋の人気があったようです。
実際の紋様は多くの場合、鷹それ自体の姿ではなく、鷹の「羽」のみが採用されています。
「鷹の羽紋」は、後醍醐天皇の皇子にあたる菊池武光が使ったことにその起源があるとされています。
その後「関ヶ原の戦い」で石田三成と堅い絆で結ばれたといわれている戦国武将の大谷吉継が「丸に鷹の羽紋」を使用したことで広く鷹紋が認知されたといわれています。

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